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アメリカの作家チャールズブコウスキー(1920ー1994年)の小説「詩人と女たち」の紹介。
この本のタイトル「詩人と女たち」は邦題で原題は単に「WOMEN」。彼の女性遍歴20番勝負を克明に綴った自伝的エロ小説です。
主人公はチャールズブコウスキーの分身である主人公のヘンリーチナスキーは、20代で作家を目指すも全く売れず、荷揚げや季節労働などの半端仕事で食い繋ぎながら詩や小説をせっせと書いて創作活動に励んでいた。
そんな彼が50代でやっと職業作家として食えるようになり有名になると、読者から手紙が届き、各地で行われる詩の朗読会に呼ばれようになる。
女性読者からのラブレターや自分のヌード写真が彼の元に送りつけられ、朗読会の先々で女性が言い寄ってくる。
20代30代40代と「金なし」「仕事なし」「女なし」のナイナイ尽くしの作家生活から50になってまさかのモテ期到来!
魚が泳ぎ回る生簀に放たれたサメのようにチナスキーは20人の女性に襲いかかる。
とはいえ容姿年齢や経歴など女性に対して劣等感を抱いているチナスキーは自分から女性に声をかけることはなかった。声をかけるとすれば札ビラさえきれば寄ってくる娼婦ぐらい。
普段の彼は、街中や空港のラウンジでいい女をも見つけても、新聞や雑誌で顔を隠しながら尻や足をジロジロ睨め回すことしか出来ない臆病者だ。
相手が言い寄ってくる女性や娼婦だとたちまち強気になり、酒の力を借りると手がつけられなくなる。
髪の毛を引っ掴んで引き寄せて無理やり口を吸ったりと、タフガイぶりを発揮しようとエロジジイが大暴れ。
しかし酒の力が祟り、欲望は爆発するが息子の方は情けないく萎え、最後はだいたい不発に終わる。不発に終わると馬鹿馬鹿しく物悲しい気分のままシーツに包まり、大の字になってい鼾かいて寝ている女の横で自分の不甲斐なさを呪いながらフテ寝を決め込む。満足することもあるが、不発に終わることの方が多い。
ヘンリーと関係を結ぶ女性は、上はハリウッドヒルズあたりに住む何から何まで金がかかっているセレブから下はヤク中や僅かな金で男を咥え込むセミプロの娼婦まで、実に多様な20人の女性。
この20人のうちヘンリーがまともに惚れるのが「リディア」と「タミー」と「サラ」の3人だけ。リディアとタミーは暴力的で自堕落でアバズレで厄介な女。
一方、サラは前者に比べれば自堕落でもないし暴力も振るわない基本まとも女性だが、サラと初めて会った時に「ちょっと正気ではないような激しい目つきをしている」とヘンリーは言っている。
彼は不思議と控えめにいっても正気じゃない、それもかなり厄介な女にばかり惚れて、いいように引きずり回される。
3人の女性には命を育む「強い生気」と「包容力」を良くも悪くも持ち合わせている。ただそれが荒削りで剥き出しだった。
その剥き出し生気はジャックケルアックの小説「路上」に出てくるディーンモリアーティのように突飛な行動によって無軌道に発散され、剥き出しの包容力は誰彼構わず咥え込み父親が誰かも分からぬ子供となって残される。
ヘンリーは彼女たちが放つ剥き出しの生気と包容力に惹かれたのだろうが、それはプルトニウムの平和利用と同じぐらいリスクが高い代物で、彼にそんなものを扱えるわけがなく、結果は事故に次ぐ事故の日々。
結局彼の細やか生活は彼女たちとの生活で跡形もなく吹っ飛び、彼自身も被曝して塞ぎ込む日がしばらく続き、女漁りと酒と執筆活動の過程で再び立ち直っていく。
最後は生気と包容力を丁度よくバランスが取れたサラと出会い、それでも浮気をして泣かしたり、喧嘩をして叩き出されたりしながら互いに親密になるところで小説は終わる。
この小説はそんなチナスキーの女性遍歴を物語った限りなくエロ小説だ。しかし、エロ小説のような描写が続く中にも、エロに埋没するエロジジイの主観的な視点と、別の次元に身を置き物事の本質を見抜く作家の視点、この2つの視点を行き来しながら物語は進んでいく。
だから単なるエロ小説ではなく、女性の本質と痛い目に合うとわかっていながらも、引き込まれるダメな男の愚かしさが見事な筆の力で表現されている。
分厚い本だが非常に簡素で読みやすい文体だからすぐに読めるだろう。生理的に受け付けない人もいるだろうが、よかったら是非読んでいただきたい。
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