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成人の日:二十歳の頃の思い出。

今日は成人の日で、慣れない晴れ着や紋付袴姿で彷徨く人が多かった。

自分が二十歳の頃を思い起こすと、やる事がないから誰でも受かる職業訓練校に入学し、勉強などせず、何一つ技術を習得するかなく遊びまわり、無事就職できたからギリギリ卒業できた。

その時に一緒に職訓に通っていたで2人(T氏とO氏)の友人がSNSで自分の治療院兼寝ぐらを見つけ、先々週の日曜に来院がてら会いにきてくれました。

おそらく約25年ぶりの再会です。

その日は仕事を切り上げ、3人で近所の飲み屋で飲んだ。

そこで時間の許す限り当時の思い出と、その後の紆余曲折をいろいろ語り合った。

2人とは職訓を卒業した後もしばらく一緒に遊んだりしていたが、自分が仕事の都合で東京に引っ越す24歳の頃から連絡を取らなくなり、そのまま疎遠になってしまった。

その後カイロプラクティックの学校に通いだすと、彼らの名前も思い出の類も記憶からほぼ消えてしまっていた。

T氏は職訓卒業後、自分と同じ会社に就職したが1年ちょいで退職し、その後派遣の仕事などをやっていたが90年代後半にアメリカへ留学して、そのまま現地で働き結婚した。

来院時は正月休みで帰国中だった。

O氏は職訓を中途退学し電気工事の会社に就職したが、家庭を持つようになってから一般企業に就職し、サラリーマンとして働いている。

彼は昨年の3月ごろに偽名を使って来院されたのだが、自分はどっかで見たことがあると思っただけで、全く彼だと気づかなかった。

彼に対しては直情型で行動的な印象が強かったのと家業が電気工事の仕事をやっていたので、てっきり職人になっているものと思っていた。

だからまさか社会組織で働くサラリーマンとしてスーツ姿で現れるとは夢にも思っていなかったから完全に候補から外していた。

3人は年が同じ就職氷河期世代で、二十歳だった1993年頃は、バブルが弾けて本格的に不況の影響が出始めていた頃だった。

それでも世間の認識は甘く、数年すれば不況は収まり日本経済は復活するという楽観的なムードがあった。

その不況がまさか20年以上も続くとは当時誰も予想できなかった。

そんな時期に3人は1年コースの職業訓練校に入学した。

この時期に1年コースの職訓に入学する奴など、新卒で行くとこがないか、就職したがすぐ辞めて行くとこがないか、リストラで行くとこがないか、定年して行くとこがないか、単に行くところがないかの5パターンで、ようは行くところがないやつの吹き溜りのような場所だった。

私は単に行くところがないから入学した方で、T氏とO氏は就職したけど1年で辞めて入学した方だった。

高校卒業後、自分は働く気もないし、やりたい事もないから専門に行く気もなかったので、茶店のバイトで貯めた金で予備校に行き、大学受験と称して時間稼ぎをしていた。

しかし当時はベビーブーマーがみな大学に殺到していたおかげでベラボーに高い競争率だった。

今で言うFランクの大学の偏差値が60近くまで高騰するという、今では考えられない偏差値インフレが起きていた。

自分の学力では当時流行っていた「電車で行けるアメリカの大学」ぐらいしかない。

こんなところ浪人してまで行く価値はないし、現に数年後には学校自体が潰れていた。

1992年の秋が深まる頃、資金も底がつきかけていたから途中で行くのを辞めた。

この1年は意味はなかったが楽しい思い出と友人ができた。彼らとは今でも会って飲んだり遊んだりしている。

そんなこんなで翌年の1993年、やる事ないから歩いて5分のところにある職訓へ願書を出し、後日、日本語で名前が書かれば受かる程度の入学試験と、暴言さえ吐かなきゃ受かる程度の面接試験を受けて見事合格し、入学した。

最初のうちは技術ぐらいは身につけようと思って勉強していたが、入学してからすぐ彼らと出会い、前年よりもさらに愉快な毎日が始まった。

毎週のようにやろうだけで車に乗り込んでガソリンを撒き散らすだけのドライブに出かけ、毎月学生同士で集まって飲み会を開き、飲んで騒いでいた。

みんな飲み過ぎると空のビールジョッキにゲロ吐いて、ゲロが並々と注がれたジョッキ(通称ゲロチユウ)がテーブルに並んでいた。

次にその店(村さ来横須賀中央店)に行くと、最初に注文したビールが出てきた時点で、いきなりラストオーダーを告げられる、皆ここぞとばかりに頼んでピッチを上げて飲んだら前より悪酔してまたテーブルにゲロチュウが並んだ。

そしたらとうとう店から出禁を食らった。

当時はどいつもこいつも女っ気がなく、むさ苦しい野郎ばかりだったが、とにかく毎日楽しかった。

そうこうしているうちに就職のシーズンとなり自分とT氏は家から近いという理由だけで同じ会社の面接を受け、運良く2人とも採用となった。

O氏は学校を辞めて電気工事の会社に就職したが、その後もちょくちょく飲み会に参加したり遊んでいた。

職訓は就職さえしてしまえば、教員を殴るとか出席しないなどの非常識な振る舞いさえしなければ卒業できる。

就職したT氏と自分は当然勉強などせず、収監前の囚人のように卒業まで自由を謳歌し、遊んでいた。

二十歳の頃は飲んで騒いで暇つぶしに授業を聞くだけの楽しい日々だった。

こんなアホぽんも翌年1994年4月には歩いていける距離にある設計事務所に就職。

2人とも別々の部署に配属された。

就職したはいいが、自分は仕事に対して1ミリも興味が湧かないから注意散漫と職務怠慢からミスばかりしていた。

最初のうちは気をつけていたが、直りそうにないから無能がバレてクビになるまでのんびり椅子を温めて給料という名の「年金」をもらって過ごそうと開き直っていた。

T氏の方は仕事がなくほぼ社内ニート状態。

上司に掛け合っても仕事が回ってこない。

朝8時に来社すると5時までやることがない。

今のようにネットもないから、一日中座っているだけの毎日。

このままいたら気が触れて三角定規相手に話しかけていたかもしれないし、瞑想の果てに悟りを開いていたかもしれないが、彼は一年耐え、翌年退社してしまった。

翌年の1995年、自分は本社勤務になる先輩の代わりに東京の市ヶ谷にある防災設備の会社へ出向という名の人身御供となる。

衣笠から市ヶ谷だと片道2時間。

たしかに通勤は遠くなるが会社の金で東京へ遊びにいけると思い承諾した。

東京へ行きだしたからT氏と会う機会がめっきり減り、その年の夏頃に彼は会社を去った。

東京に移っても相変わらずやる気もなく、いつ辞めようかそればかり考えていたが、運良く資格試験に合格した事で首が繋がり、現場にも出られるようになったので翌年1996年もそのまま働くようになる。

そんな中、しばらく音信が途絶えていたT氏と偶然、朝の通勤中のホームで再会。

また別の会社に就職し、派遣のCADオペとして働き毎日終電で帰るような生活を送っていた。

前年の社内ニートからの劇的な環境の変化に疲れている様子だった。

朝、しばらく一緒に通っていたが、その翌年の1997年頃にその会社も辞め、お姉さんがいるニューヨークに旅立った。

しばらくしてアメリカから葉書をもらったが、手紙の書き方がわからず返事を出しそびれ、その後、私もその翌年の初頭には通勤に飽きたので東京へ引っ越してしまった。

以来T氏ともO氏とも連絡が途絶えてしまった。

そして99年頃、T氏はアメリカのカレッジへ留学し、2000年以降からはアメリカで就職して結婚もし、生活の基盤を完全にあちらに移している。

O氏もこの年あたりに結婚し、2000年以降、職人をやめスーツを着てサラリーマンとして家族を養っている。

自分は1999年にカイロプラクティックカレッジの看板を見て、そのまま願書をもらい、翌年4月に入学し、会社を辞めた。

その後はずっとカイロプラクター。

たしか2,000年初頭に帰国中のT氏と偶然、横須賀中央で会ったが挨拶と近況だけ伝えて別れ、その後は自分が横浜に移り住んだ関係で再び連絡が途絶えてしまった。

昨年、最後に会った時に自分がカイロプラクティックをやっていることを覚えていてくれたT氏が「カイロプラクティック 藤田」で検索したらしょぼい治療院と汚い顔がヒットし、O氏が偵察に昨年訪れたが全く気づかず、先々週にT氏が来院。

25年近くの年月を経て、当院で久々の再会を果たした。

私は会社勤めと集団行動に嫌気がさして比較的自由なカイロプラクティックへ転職し、T氏は日本の会社組織特有な滅私奉公と組織のしがらみにうんざりして国を出てドライだが自由なアメリカへ渡り、O氏は職人業界の若手を食いつぶす超絶ブラックにうんざりしてサラリーマンになった。

こうして騒いで飲んで吐いて遊んでばかりだった二十歳のアホぽん達は、紆余曲折を経て落ち着くべきところに落ち着き、25年経って再会を果たした。

いまでは二十歳の頃に糞味噌に貶していた職訓の教員や会社の上司の年齢を超え、体を気遣って酒を飲むようになっている。

2人とも背負ったリスクや立場や責任の分だけ立ち振る舞いや言動が二十歳時と大きく変わっていたが、性格など根っこの部分は昔と変わっていなかった。

彼らは他人に埋没することなく、周りからとやかく言われても自分に正直に好き嫌いをはっきり主張して行動しここまで来た。

ガード下の安酒場で愚痴を吐いてるだけのサラリーマンとは違う、いい歳の取り方をしていた。

また来年彼らと会うのが楽しみだ。

ふじたカイロプラクティックは2016年6月開業の整体院。
院長は臨床経験16年。延5万人以上の実績!
マッサージや整骨院、病院では治りにくい腰痛や坐骨神経痛の他
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藤田 和広

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