読書録:人体 失敗の進化史

 問題の本質は問題の中ではなく、歴史という文脈の中に潜んでいる事が多いように、身体の問題である腰痛や肩こりの原因も医学ではなく進化という人体の歴史の中に潜んでいる事が多い。

 本書は脊椎動物の体の原型(オリジン)と言える「ナメクジウオ」という小さな魚の体と、人間を含めた様々な動物の体を見比べながら進化の過程を追い、さらに進化によってもたらされた人間が抱える様々な身体の「失敗」についてを分かりやすく解説している。

 私の飯の種である腰痛、肩こり、股関節痛と言った身体の痛みの他、不妊症や生理痛、冷え症やむくみ、めまいや立ちくらみといった身体の不調など、実はこれらの問題は進化における設計ミス的な「失敗」が原因である。

 魚類から哺乳類、そして人間も背骨を持つ「脊椎動物」という部類に属している。脊椎動物の身体は複雑で多種多様だが、それらはオリジンとなる「ナメクジウオ」という非常に単純な構造をした小魚から進化している。

 「ナメクジウオ」からどのように進化したのか、その様子を著者は以下のように述べている。

動物というのは、基本設計を持つ祖先がいる。そして次の段階は、その祖先の設計図を借りてきて変更するしか、新たな動物を作り出す術はない。だから、新しい設計は、所詮は先祖の設計図のどこかを消しゴムで消し、何か簡単にできることを付け加える事でしか、実現できないのだ。

 我々の身体は、環境に適応すべく白紙の状態の設計図に新しく理想的な身体を描いて、それを基に作られた新築物件ではなく、ナメクジウオから代々譲り受けた設計図を必要に応じて場当たり的に加筆修正を加え、それを基にリフォームした欠陥だらけの中古物件である。

 魚の鰭は、流れる水の中で姿勢を維持したり方向転換するために設計さたものであり、将来陸に上がって「四肢」や「翼」に化けることを見越して設計されていないし、海水に含まれるリン酸やカルシウムの貯蔵倉だった「骨」は、将来脊椎動物の上陸とともに身体を支える「骨」に化ける事を見越して設計されていない。
四肢も翼も骨や大脳も手持ちのリソースをやりくりしながら設計変更を繰り返した結果、今の姿になった。そのため予定外の設計変更による「失敗」も数多く存在する。人間にとって最大の失敗が「二足歩行」と発達した「脳」であると著者は述べ、そのメリットデメリットを本書の中で以下のように記している。

二足歩行で歩くための臀筋群。内臓重量や腹圧を受け止める下腹部。狭いながらもバランスをとる足底。精巧な母指対向性。巨大な中枢神経。高度な思考を分担する大脳。少ない赤ん坊を確実に残す繁殖戦略。これらの設計変更は、ヒトをヒトたらしめる見事なまでの意匠だ。一方で、現代のわたしたちは設計変更の負の側面に日々悩まされている。90度回転し、垂直になった腹腔がもたらすヘルニア。二足歩行から起因する腰痛や股関節異常。垂直な血流が引き起こす貧血に冷え症。歩行から解放された前肢が巻き起こす肩こり。
さらに、この本ではとても網羅できなかったが、さまざまな現代病は数知れない。

 「腰痛」や「肩こり」に関しては、近年パソコンやスマホと言った道具の進化によって年齢問わず悪化の一途を辿り、ほとんど国民病といった状態だ。
 残念ながらデメリットが無くなる事はなく、抑えることしか出来ない。このデメリットを抑えるには身体の設計思想に沿った生活を送る以外に方法がない。
 そもそも身体は同じ姿勢をとり続けるように設計されていないし、前傾勢でせかせか歩くようにも設計されていないし、座りっぱなしの生活を前提に設計されていない。つまり設計思想に沿った生活とは、適度に身体を動かし、正しい姿勢と正しい歩き方を身につけ、座りっぱなしの生活とは縁を切る事である。
 座り心地の優れた椅子、凝りをほぐす優れたマッサージ機と言った文明の利器に頼る手もあるが、残念ながらこれらとて支払いを先送りにするだけで、時間の経過とともに利息は大きくなり、取り立ては厳しくなり、近い将来に痛みで苦しむ羽目になる。
 結局、地味な事を愚直に守るのが1番コスパが良く、楽なのだが、9割以上の人が守れない。だからこうして我々が食べていけ
るのである。
 文明や道具の発達や医療サービスの発達により、人は自分の身体を自分で管理する事を止め、人任せ、物任せになった。恐らくこれが最大の「失敗」なのかもしれない。

著者:遠藤秀紀
出版:光文社新書

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