本の紹介:塵に訊け。

ジョン・ファンテ著「塵に訊け」

今回紹介する本は、アメリカのパンク作家「チャールズブコウスキー」やロサンゼルスの暗黒小説を代表する作家「ジェームズエルロイ」らが最も影響を受けた作家「ジョンファンテ」が書いた小説「塵に訊け」です。

塵に訊け!

「ジョン・ファンテ」の名を初めて知ったのがブログでも紹介したブコウスキーの小説「詩人と女たち」を初めて読んだ1993年末。

その作中で、ブコウスキーが最も影響を受けた作家として名を挙げていた。彼が影響を受けた作家とはどんな作家か興味がありネットなど無い当時、足を使ってあれこれ調べたが、「ジョン・ファンテ」の本はどこにも売っておらず、どこの図書館にもなかった。

今度は古本屋に当たり、横須賀や鎌倉あたりの古本屋を可能な限り当たってみたが、見つからなかった。

そうこうしているうちにプー太郎から社会人になり、日々の通勤と激務に追われて探す暇がなくなり、ジョンファンテのことはすっかり忘れ去られた。

そして最近になって20年以上ぶりに「詩人と女たち」を読み返した時にファンテの名を目にし、アマゾンで探したら本が売られていたので、早速「塵に訊け」をポチッた。

ブコウスキーが本で紹介した事がきっかけで再びファンテが再評価されてアメリカで再販され、日本語訳も出版されたのだが、私が購入した時はすでに絶版となっていた。

「塵に訊け」のあらすじ

物語の舞台は1930年代のロサンゼルス。主人公は20歳の売れない作家アウトゥーロ・バンディーニ。彼は白人だがイタリア系アメリカ人のため、同じ白人から「ラテン野郎」と差別をされ、そのせいで相当卑屈でいじけた性格をしている。

故郷のコロラド州ボールダーでの嫌な思い出から逃げ出すように、カルフォルニア州ロサンゼルスへと移り、「バンカーヒル」という砂漠から吹き込む砂や塵が舞う埃っぽい街の安ホテル「アルタロマ・ホテル」を寝ぐらに創作活動に勤しむ。

移り住んだときは唯一雑誌で掲載された短編「子犬が笑った」の原稿料で懐も暖かかったが、その後、全く掲載されず、みるみるジリ貧になる。

とうとう家賃の支払いも滞りがちになり、家主から「家賃を払うか、さもなければ出て行くか」と迫られる。食べるものも事欠き、市場で格安で仕入れた大量のオレンジを3食齧って飢えをしのぎ、タイプライターと向き合うが全く書けない。

物語は、バンディーニが「売れない・書けない・金もない」のナイナイ尽くしの状態から、始まる。

前半は食えない作家の見下げ果てた日常生活がひたすら綴られている。

サンタアナやモハべ砂漠から飛んで来た砂や塵が吹き込む埃っぽい部屋で、2日間頭を抱えてタイプライターの前に座り通すが、何も書けない。

短編が売れそうだという見え透いた嘘をついて、故郷で年金暮らしをしている母親からなけなしの10ドルを仕送りしてもらうが、よりによってその10ドルを使って、童貞を捨てるために娼婦を買う。

女の部屋に入り、いざコトに及ぶとなると罪悪感で怖気付き、あれこれ言い訳を並べ、さらに余計な金まで払って何もせずに逃げ帰る。

彼の短編「子犬が笑った」を雑誌に掲載してくれた編集者「ハックマス」氏を神の様にたたえ、その写真をイコンの様に部屋に貼って祈り、自分の才能を認められないことや自分の不甲斐なさを嘆く。

そんな童貞を拗らせた男の、読んでるだけで酸っぱい匂いがしてきそうな惨めな日常がリアルに描写されている。

希望のない運命に頭を抱え、最後の5セントを握りしめ、コーヒーを飲みに場末のカフェ「コロンビアビュッフェ」に行き、そこでウェイトレスとして働くメキシコ人女性「カミラ・ロペス」にバンディーニは運命的かつ不毛な恋をする。

その出会いは屈辱の応酬で始まり、屈辱と憎悪を燃料に彼のどす黒い恋の炎は燃え上がる。

バンディーニはカミラを憎み、始終、罵り合いと掴み合いを繰り返しながらも、何だかんだ彼女のことを愛している。

バンディーニが作家として売れ出すと、身体的にも経済的にも精神的にも苦境に立たされたカミラに金を出し、住む場所を確保して彼女を献身的に支えようとする。

しかしカミラはバンディーニの存在も行為も全て拒絶し、彼の元から逃げ出す。

彼女はコロンビアビュッフェで働く白人のバーテン「サミー」を心底愛していた。しかしサミーからは拒絶され、ゴミ同然に扱われるが、それでも彼女はサミーを愛する。

カミラの恋の炎はサミーに対する服従と恐怖を燃料として悲しげに燃え上がる。

サミーは結核にかかり、先がないことを悟るとバーテンを辞め、夢だった作家を目指してモハベ砂漠にほど近い掘っ建て小屋で創作活動を始める。

彼はバンディーニに対して同じ作家として好意と尊敬の念を持っており、カミラをど突いて手紙を送り、色々とアドバイスをもとめる。

サミーから送られてきた原稿を読んだバンディーニはそのあまりの出来の悪さに呆れ果て、筆に物を言わせてけちょんけちょんにコケにしようとするが、意味不明な人類愛に突如目覚め、夢を抱いたまま安らかに死んでもらおうと、彼を励ます手紙を送り、カミラに連れられて渋々、砂漠の掘っ建て小屋まで尋ねて行く。

バンディーニはカミラから拒絶され、カミラはサミーから拒絶され、サミーは夢から拒絶される。

物語は、心底求めるものから拒絶された3人が織りなす不毛な渇望と拒絶の循環を軸に展開し、荒涼とした砂漠で終わりを迎える。

サミーは砂漠の掘っ建て小屋でそのまま死ぬまでロクでもない文章を書き続ける。

カミラはサミーの小屋から叩き出されたあと、バンディーニから買ってもらったものの中で唯一捨てずに残った仔犬を連れて、あてもなく砂漠を彷徨う。

バンディーニは、彼女を追って砂漠を目指すが、途中で諦めて引き返し、彼のデビュー作「子犬が笑った」のページに彼女への思いを書きなぐり、それを彼女が消えた方向めがけて力一杯投げて砂漠を後にする。

バンディーニは車に乗り込み、塵が舞うロサンゼルスへと帰るところで物語は終わりを迎える。

ファンテの生々しくリアルな描写。

バンディーニの目を通して描かれる、売れない作家の惨めで、見下げ果てた日常や拒絶されるだけの不毛な恋がファンテの見事な文章で描写されている。物語のプロットも素晴らしいが、何と言ってもファンテの文章の表現力こそ「塵に訊け」の醍醐味と言える。

「塵に訊け」で序文を書いているブコウスキーはファンテの文章をこう述べている。

ユーモアと痛みが、すばらしい簡潔さで表現されていた。俺にとって、この本の出だしは野蛮で強烈な奇跡だった。

ファンテの文章は、言葉の流れに情景や心象風景を乗せて表現するケルアックの文章とは対照的に、簡素な文章をブロックのように一つ一つ積み上げて、情景や心象風景が表現している。

ケルアックが音楽のような旋律にのせて表現するのに対し、ファンテは短く簡素な文を積み重ねて煉瓦造りの建物のように表現している。それゆえにファンテの文章が読者に与える印象は、野蛮で、手で触れられそうなほどリアルで生々しい。

こんなリアルで生々しい文章を読んだのはドストエフスキーの「地下室の手記」以来だ。

地下室の手記 (新潮文庫)

ただファンテの場合、ドストエフスキーと違い文章が平易に書かれているので読みやすいが、与える印象はむしろ強い。

本書を読むことで読者はホテルの机にうっすら積もる砂のザラザラした感触や、オレンジの食いすぎで込み上げてくる酸っぱいゲップなどバンディーニの日常と心の痛みをリアルに体感できるだろう。

もう絶版になってしまったが、Amazonで仕入れることは可能です。

もし読む機会があれば是非読んでいただきたいお勧めの一冊です。

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