「東京の異界 渋谷円山町」

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渋谷は、女たちが現実から空想の姿に変身する街だ。

女子高生は派手なアクセサリーとメイク、金髪のウィッグをつけてギャルになる。

私服から着物に着替え、喜利家鈴子は円山町の芸者になる。

東電エリート女性社員はSHIBUYA109で着替え、たちんぼをやっていた。

出産したばかりの新妻は、赤ちゃんを待機所に預けて、客に母乳を飲ませる風俗嬢

になる。

渋谷は、女が変身する街である。

「東京の異界 渋谷円山町」本文より。


渋谷の坂を登り切った高台にある歓楽街。

階段や坂や路地が入り組み、路地を挟むように風俗店やラブホが立ち並ぶ街。

東電のエリートOLが夜な夜な客の袖を引き、駅の踏切音が鳴り響く安普請のアパートで殺された街。

渋谷から少し離れた異界でシノギを削る芸妓屋、風俗店、デリヘル、ラブホの有為転変と栄枯盛衰、東電OL殺人事件のその後が綴られたルポタージュ。「東京の異界 渋谷円山町」

カバー写真は和風旅館とラブホテルと訳ありなコート姿の女が写ってる。表紙から漂う鄙びて淫靡なデジャヴ感。

それは坂や階段に囲まれ、和風料亭や風俗店が立ち並ぶ、ちょっと前の横須賀の夜の街「若松町」の雰囲気とよく似ていた。もちろん今は乾燥したウンコにファブリーズをかけたように、面影は残っているがかつての臭気はもう消え失せてしまっている。

もう20年以上前にただの興味から私は東電OL殺人事件の現場となったアパートを訪れたことがある。あの事件は、事件より被害者の意外な素顔の方が注目を集め、当初は生ごみに集るカラスの群れのように報道陣が現場や遺族のもとに詰めかけ、被害者の人権も遺族のプライバシーも関係なく食い散らかして、その上にクソまで垂れるように有る事無い事書き立てていた。

私が訪れた頃には、報道陣どころか事件の傷跡や痕跡すら残っていなかった。

まだGoogleマップもない頃、プリントアウトした事件現場のアパートと玄関が映った写真を手に京王井の頭線「神泉駅」を降りた。

駅を降りて踏切を渡り、写真と見比べながら周囲を見回すと当のアパートは意外なほどあっさり見つかった。

アパートのドアのへ近づき、5メートルほど手前まで来たとき、突然何か強烈な殺気を感じたように項が総毛立ち「被害者の女性はここで殺される前からとうに死んでいた。彼女は自身の生死とは関係なく今も客を引いている。」と感じ、それ以上前に進めなくなった。そのまま後退りするようにその場を離れた。

凶暴な肉食獣から逃げるように、ある程度距離を取ってからドアに背を向け、踏切を渡って、逃げ込むように駅前の「カフェ・ド・ラ・フォンテーヌ」に入り、メニューも見ずにコーヒーをオーダーした。

被害者は生前カフェ・ド・ラ・フォンテーヌでコーヒーを飲みながらアイシャドーを引いてたと本には書いてあった。彼女はここで夜の女になっていたわけだ。

春先で暖かい陽気だったにもかかわらず、私の体は冷え切り、ホットコーヒーを2杯飲んでも寒気は止まらなかった。

ようやく温まる頃、外の日は落ちかけていた。

夜が近づくとこの街は昼とは全く違った顔を見せる。昼のお客は夜ではカモでしかない。私は神泉駅から電車は乗らずに渋谷駅目指して箱型ヘルスやラブホに挟まれた狭くて急な階段を登って渋谷を目指した。

高台にある円山町から振り返ると神泉駅は谷の底にある。そこからまた谷底にある渋谷駅まで、大勢の客引きや、カップルたちとすれ違いながら坂を降った。

そんなことを思い出しながら、仕事終わりに寄ったソウルミュージックが流れるカフェバーでこの本を読んでいた。

本のページを捲るたびに忘れかけていた、殺害現場となったアパートの玄関の佇まいや、京王井の頭線の踏切の音、迷路のように入り組んだ細い路地、フードダクトから吐き出される油の匂いや街に漂う消毒液の匂いやドギツイ香水や安い石鹸の匂いまでもが思い出される。

自宅にいながら路地裏に漂う淫靡な雰囲気を味わえる事間違い無しだ。

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