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行動し、失敗し、適応せよ!
フィナンシャル・タイムズのコラムニストとして活躍し、多くの読者から支持を集める経済学者「ティム・ハーフォード」が複雑で予測不能な現代を生き抜くための問題解決法を解説した本書「Adapt 適応戦略」を紹介。
問題解決法といえば天才的な戦略家や使命感あふれるリーダー主導によるトップダウン方式による解決法の本ばかりだ。どれも綿密な計画と強い意志を持った強力なリーダーシップによる英雄譚のような内容で読者を惹きつけている。そんな英雄譚も蓋を開けてみれば、計画は早い段階で破綻し、トップの指示とは別に現場が状況に応じて試行錯誤を重ね、最終的に運も味方して成功した。その背景は死屍累々「『一将功なりて万骨枯る』」というのが現状。
上意下達のトップダウン方式は現状維持のための管理や変化に乏しい時代であれば一定の効果もあるだろうが、問題が複雑に入り組み、変化が加速する現代のような状況では、早晩取り残され、陳腐化して、没落するのがオチだ。刻々と変化する状況では現場で試行錯誤を繰り返し、その声を活かして改善していくボトムアップ方式で対応していく、このような現場対応で問題を解決していく方法を「適応戦略」という。
適応戦略:生き残るための方法とその掟
この適応戦略は生物が環境の変化に適応する際に突然変異や自然選択という試行錯誤を繰り返しながら進化するプロセスを参考にしている。このような生物進化のプロセスを問題解決の方法に応用する事を「進化的アプローチ」という。
たとえば、光合成や眼の進化といった生物学的な成果も、数億年にわたる変異と自然選択の繰り返しによって完成した。また、一見進化とは無縁とも思える複式簿記やサプライチェーンマネジメントのようなビジネスプラクティスも、実は進化と同様に必要性から自然発生的に生まれ、現場で試行錯誤を繰り返しながら時代と環境に応じた自然選択を経て最適化され、現代の姿になった。
この進化的アプローチとは進化のプロセスを経営マネジメントや製品開発や政策などに適応することなのだが、現代まで残った生物の裏には膨大な数の生物が絶滅していったように、そのまま適応してもほとんどが失敗に終わってしまう。そうならないように進化的アプローチは次のような3つの行動原理に沿って実行される。
- 新しいアイデアを試みること:従来の方法にとらわれず、未知の領域に挑戦し、斬新な発想やアプローチを恐れずに取り入れる姿勢が求められる。
- 失敗しても致命的な影響を避けること:新しいことは失敗がつきものであるため、失敗が全体のプロジェクトに悪影響を及ぼすことがないように、小規模な実験や限定的な試行で大きな損失を回避する。
- 結果を活用して改善を続けること:実験の結果を詳細に検証して得られたフィードバックを活用し、これを繰り返すことで改善をつみ重ねて最適化していく。
この3つの行動原理はピョートル・パリチンスキーにちなんで「パリチンスキー原理」と名付けられている。彼はスターリンの第一次五か年計画のうち2つの最重要プロジェクトに助言する任務を与えられたが、正直に「上手くいかない」と助言して粛清された人物だ。彼こそ独裁政治という典型的なトップダウン方式の欠点を見事に看過した人物であり、その犠牲者でもある。
進化的アプローチとは進化と同じで、試した事のほとんどは失敗することが運命づけられている。失敗即絶滅ということにならないように「パリチンスキー原理」が役立つのである。
適応戦略:賢く失敗・チマチマ改善。
「適応戦略」は「進化的アプローチ」を「パリチンスキー原理」に沿って実行し、問題を解決していく事である。それは生物が生き残るための「生存戦略」そのものである。つまり生き残るためになりふり構わずチマチマ試して失敗を重ね、山のような失敗の中から得られた学びを次に生かし、少しずつ改善を積み重ねて最適化を目指す。そこには計画も目的も創造主もリーダーさえも必要ない。ただ目の前のことに取り組み、即死するような失敗を避け、しぶとく続けるだけ。失敗を糧とする泥臭くシンプルな問題解決法だが、その効果は進化という長い歴史の中で既に実証されている。
ホリエモンの回答と適応戦略
実業家のホリエモンが自身のYouTubeチャンネルに寄せられる相談に対して毎回回答しているが、彼のアドバイスの毎回だいたい同じで、「とにかく行動、今すぐ動け」「目標なんて立てるな」「あなたの失敗など、あなた以外誰も知らない」の3つに集約される。彼は相談が来ると半ばうんざりしながら、だいたい同じ内容をめんどくさそうに答えている回答している。だが彼のアドバイスはどれも適応戦略の根幹を全て言い表している。
目標に縛られず、計画よりもまずは今すぐ出来ることに着手し、失敗のリスクを抑えるために範囲を限定して試し、失敗から学びながら改善して行く。これらは「進化的アプローチ」を「パリチンスキー原理」に沿って実行し、問題解決法と同じだ。
それに対して相談者達は「目標を立て」、「失敗しないように計画を練り」、「準備万端整えてから一直線に行動せよ」と言ったトップダウン方式にこだわり、失敗を恐れて悩むばかりで結局、何も行動しない。適応戦略の観点からみれば、どれも無駄だし無意味なことばかり。
だいたい変化の激しい現代社会で、綿密な計画など立てたところで、早い段階で破綻することは火を見るより明らかだ。それに悠長に計画を練って、準備を整えている間に市場そのものが消滅してしまったなんてことはザラにある。
わざわざ一発爆死するようなリスクは取るべきではないが、殆どの人は失敗を恐れて動かないのだから取れるリスクは進んで取りに行ったほうが、成功する確率は確実に上がる。仮に失敗してもそこから学べば成長の糧になるだろう。変化を競争優位の機会と捉え、賢く失敗して成長の糧とする。これこそ適応戦略ならではの成長戦略である。
適応戦略:大腸菌から人類まで使える戦略
適応戦略はビジネスだけでなく、日常生活やキャリアアップ、教育現場、さらには社会問題の解決に至るまで、あらゆる場面で活用できる。それに大腸菌やがん細胞すら実行している方法だから特別な知識は必要ない。せいぜい即死につながる失敗を見極められる程度の知識さえあれば十分だ。「Adapt 適応戦略」は明日も見えない混迷を極めた現代のための「生存戦略」であり、「成長戦略」でもあり、「成功戦略」である。
「Adapt 適応戦略」は、明日をも見えない混迷を極めた現代を生き抜くための「生存戦略」であり、「成長戦略」でもあり、「成功戦略」である。重要なのは壮大なビジョンでもなく、パワポで書かれた見栄えのいい計画書でもない。大腸菌と同じ、適応して生き残るためにプライドを捨ててなりふり構わず試し、賢く失敗して、改善を繰り返して適応するまで続ける「しぶとさ」と「しつこさ」だ。知能のない大腸菌ですら適応戦略を駆使して生き残ってきたのだから、知能がある人間ならもっと賢く使いこなせるはずだ。プライドさえ捨てることが出来ればだが。