時折読み返す「on The Road」

ブログ100個目の記事は18の頃から時々読み返しているジャックケルアックの小説「on The Road(路上)」について書こうと思う。
オン・ザ・ロード (河出文庫)

とはいえ書くことは書評や読書感想でもければ、あらすじでもない。

自分がどんな状況でその本を読み、どう思ったのかをダラダラと書こうと思います。

だから「on The Road」が好きな人がこのブログを読んでも何の足しにもならないから、さっさとブラウザーを閉じたほうがいいでしょう。

1991年10月。

初めて「路上」を手に取ったのは、18の時。1991年のちょうど秋口。

横須賀中央の裏路地に、一杯飲み屋や風俗店が立ち並ぶ若松町という胡散臭い歓楽街がある。

その歓楽街の中ほどにある古本屋で暇潰しのための本を物色していた。

その古本屋は「古本屋」というよりは「汚い本」を取り扱っている本屋。

特にワゴンで売られている本は、殆どカバーがなく、カビ臭くて埃っぽく、ページめくると行間を小さな虫がノソノソ這い回っている。

そんな汚い本ばかりだった。

当時はこの古本屋も史料としても価値のある本や文学作品も多く取り扱っていた。

しかし、不況とともに古本文化の劣化が進み、湿ったエロ本が増えた。

そして末期では「大人のおもちゃ」まで取り扱っていた。

そんな古本屋だから市内の古本の標準価格より安く、金のない高校生にはちょうど良かった。

そんな汚い本が並ぶ中にケルアックの「路上 (On The Road)」があった。この本屋にしては珍しくカバーがついていた。

その本を手に取り、200ー250円を店の親父に払って、そのまま近所にあったダンキンドーナツに向かった。

コーヒーと一番安いドーナツを頼んで、席に着いた。

コーヒーはすっかり煮詰まって苦いばかりで、ドーナツは砂糖をまぶしたスポンジのようだった。

まずページを開く前に、本の中を歩き回る小さな虫を全滅させなきゃならない。

本を上からしっかりプレスしてから、ページとページの間で這い回る小さな虫を全滅させる。

それからページを開くと、ページのあちこちに真新しい茶色いシミが点在する。

こうしてやっと読み始めることができる。

最初の一行目から読み出した途端、初めて読んだリズムのいい文体に完全にノックアウトされた。

とにかく面白く、バイトに行く時間も忘れて読んでいた。

ふと気づいて時計を見ると、とっくに出勤時間を過ぎていた。

慌てて店を出て歩いて3分ほどのところにあるバイト先の茶店へ猛ダッシュしたが、10分遅刻。

マスターにへいこら謝りながら閉店までの5時間、サンドイッチやブレンドコーヒーを黙々と作り続けた。

バイトが終わると、そのままダンキンドーナツへ行き、再び読み始める。

家で読めばいいのだが、そこまでの時間がもったいなかった。

ダンキンドーナツはオールナイトでやっているから、そこでひたすら入り浸り、「路上」を読み続けていた。

夜がふけると学生やカップルといった客層から仕事明けのホステスやタクシーの運ちゃんなど、疲れ切った人が多くなる。

さらに午前2時ごろになり、店は店内清掃の時間。たしか一度店内から店から出されたと思う。

掃除が終わるのを見計らって再び店に入り、コーヒーのおかわりを貰い、朝まで読み漁る。

500ページ近い本だったが一気に読み終え、気がつくと夜が明けていた。

まだ始発電車もない時間帯。小説の余韻冷めやらぬ興奮した頭を朝の冷気で冷やしながら歩いて帰った。

家に着くと泥のように眠り、昼過ぎごろ目がさめると学校へも行かず、近所のミスタードーナツで「路上」をまた読み直す。

そして夕方からバイトに行き、バイトが終わるとまたダンキンドーナツで「路上」を読み、明け方、家に帰り泥のように眠る。

「路上」を何度も読み返し、バイトとダンキンドーナツを往復するだけの生活を1〜2週間続けていた。

すると、このまま休み続けると体育の単位が危ないと担任から連絡があり、また学校とバイトの往復に戻った戻った。

結局、体育の出席が足らずに(このころよく学校をサボっていた)高3の自分は高1と一緒に体育を受ける羽目になった。

高三の受験や進路と忙しい時期だったが頭の中は完全に「路上」だった。

世間はチャゲアスの「Say Yes」や「ラブストーリーは突然に」が有線から流れていたが、頭の中のジュークボックスはバップジャズが流れ、チャーリーパーカーがアルトサックスを吹きまくっていた。

ドブ板に「バードランド」あったから一度入りたかったが、1度つまみ出され、とうとうは入れずに終わった。

この本の何がいいのかというと、内容よりもその文章のテンポとリズム。

それと放浪とヒッチハイクと自由への憧れ。

当時、読んでいるだけで自由になった気分になれ、小脇に抱えたいるだけで気分は「路上」だつた。

バンド小僧がギターを持っているだけでキースリチャーズになった気になるのと論理構造は同じだ。

そんな「路上熱」も、年末あたりに「ドアーズ」にハマると途端に冷めてしまった。

本はどっかの茶店に置き忘れ、そのまま「路上」は自分の記憶から消えた。

その後しばらく「路上」を読むことはなく、再び手に取ったのはカイロの学校へ行くために会社を辞めた2000年10月。

当時は東京都の大田区に住み、昼間仕事もせずに、また勉強もせずにブラブラし、夜になると信濃町にある学校へ通うだけの自堕落な毎日を送っていた。

2000年10月

市ヶ谷にあった会社を辞めたその日の帰り、信濃町駅前の本屋で「路上」を仕入れた。

そして仕事を辞めた翌日からサラリーマンと同じ時間に起きて、わざわざ満員電車乗って五反田駅まで行き、駅のそばにあったカフェバー「アーリータイムズ」で、ビールを飲みながら朝から忙しそうに仕事に向かうサラリーマンを眺めていた。

五反田駅からぞろぞろサラリーマンの群が出て来て、それぞれの職場に向かっていく。

その様子はナチス大行進のようで、彼らの靴音は「ジークハイル・ヴィクトリーア」のように扇動的なリズムを刻みながらそれぞれの職場へと消えていった。

昨日まで自分も無機質な日常と惰性になった狂気の行進の中にいた。

そして今日から晴れて自由のプー太郎。

慌ただしく職場に向かう大行進を尻目にビールを飲みながら、暇を満喫できる優越感に浸っていた。

一通り、サラリーマンを見送ると、もうやることもないので、後は「路上」を読んでいた。

最初のうちはこんな生活も楽しかったが、そのうちすっかり飽き、「路上」を読んでも字面を追うだけで高校時代の興奮はなくなっていた。

本に飽きたのではない。実際、自由になってもしたい事もなく、やるべき事もない自分がいただけだった。

定年退職してその後暇を持て余す老人と同じ。

自由な時間で正気を保つことはとてつもなく大変なことだと思い知った。

「バートランドラッセル」や「中島らも」が一人で時間を潰せるスキルのことを「教養」と呼んでいたが、これは本当だ。

「教養」がある人間以外自由な時間を満喫することなどできない。

教養がない奴が自由になると無駄金を使うか酒を飲むか、ボケるか首を括るしかやることがなくなる。

この時、自由の怖さと重さを思い知った。自由に暮らすよりは不自由を呪っている方がはるかに楽なのだ。

そんなわけで憧れの自由をあっさり手放し働くことにした。

結局、翌日からスーツを着て職安に出向いて就職活動を始めた。結局「路上」を最後まで読まずに、五反田駅の雑誌を捨てるゴミ箱に捨てた。

それから就活の末、バイトのエンジニアとして働くことになる。

2014年2月

2014年に、実家に帰った時に地元の衣笠にある本屋に久しぶりに立ち寄った際に記念に買ったのが「路上」だった。

出版不況で多くの本屋が潰れていく中でこの本屋だけが今も生き残っていた。

昔は文学作品が数多くあり、この辺では文化的キュレーターとして機能していた本屋だった。

それが次第に雑誌と漫画が増え、しまいには店の一角でゲーム筐体を置いたり、中古ファミコンカセットの販売などもおこなうようになった。

そして今ではゲーム機や中古販売は撤去され、ダイエットと健康本とヘアヌードと占いと漫画を中心とした「よく売れるものを揃えた本屋」になっていた。

そんな本屋の隅の方にある文庫コーナーに行くと、ライトノベルに押しやられて本棚の片隅で埃をかぶった「on The Road」があったので、記念に購入した。

久々に「路上」を読んで思うことは、放浪と乱痴気騒ぎの中に自由を求めていた主人公の2人に対する気の毒な思いがあるだけで、かつて抱いていた憧れは全くなかった。

高校生の自分も放浪や乱痴気騒ぎの中に自由を見出していたが、この歳になるとそこにあるのは現実逃避でしかないことを嫌でも思い知る。

自由というのは好き勝手はしゃぎ回る子供の無邪気さの中にあるのでもないし、瞑想の果てにあるものでもない。

責任を引き受けた者だけが手にすることができる恵みでもあり同時に呪いでもある。

だから別にわざわざデンバーまでヒッチハイクで出かける必要もない。

スーツを着て満員電車に揺られて毎朝出勤する会社勤めだろうが、個人で起業しようが、そこに自分の裁量があり責任が伴うのであれば「自由」。

とはいえ、そんな自由など誰も欲しがらないだろう。だから人は不自由を嘆き酒を飲んでうさを晴らす。

かつて放浪に憧れた高校生は現在、放浪に憧れを抱きつつ日々の仕事の中でビクビクしながら自由を満喫している。

支払いやら集客に追い立てられる、ケツを拭くためだけのような毎日で、理想とは真逆だがこれが自由なのだ。

そう、「自由」とは自分のケツを拭くことと見つけたり!!

もう「路上」を読んでも憧れと興奮を抱くことは2度とないだろう。

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